魂の進化の最前線:火星と冥王星の接点

このシリーズはSchool of Evolutionary Astrologyのサイト上など一般に公開されている英語記事を翻訳し、ご紹介するものです。引用・転載は、出典を明記の上、お願いいたします。

ジェフ:今朝の講義は「個人の進化の本質」についてだ。朝早くに扱うには、恐らくかなり重い話題だろう。できるかちょっと自信がないが、やってみよう!

実はこの話題は、冥王星の題材(『冥王星:魂の進化成長の旅路』、原題は『Pluto: The Evolutionary Journey of The Soul』)からのスピンオフだ。そして、火星という惑星について、とことん掘り下げていこう。

まず最初に考えたいのは、進化という現象そのもののことだ。経験的に「生命は進化しているように思える」という点については、異論のないところだろう。人類を含め、自然のあらゆる形態は進化する。我々は皆、その人生の途上において、継続的に何かになろうとしているのではないだろうか。それは、我々全員が共有する経験の一つではないだろうか?

このことは、議論の余地もないほど確かな進化の現象を示唆しているように思える。進化の本質をよく見極めると、進化には実際、二つのタイプがあることに気付くだろう。一つはダーウィンの「斉一説」、つまり、ゆっくりと徐々に進行していく変化であり、それ自体は大変動というわけではない。ゆっくり、じわじわと進行するのだ。ダーウィンの理論は観測に基づいたものであり、魚座で一連のスーパーコンジャンクションが起きた1800年代前半に顕在化したものだ。(注釈1

そして次に、もう一種類の進化として大変動というものがある。これは、地震や火山や政治的な激変として、また個人的には別れや裏切りなどと結びついた感情的なショックとして観測され、経験されるものである。

簡単な例としては、アメリカのニクソン元大統領のウォーターゲート事件が挙げられるだろう。この事件は、弾劾の危機を招き、最終的にはニクソンが大統領を辞任することになった。これらが大変動のタイプだ。ここで当然次のような疑問が湧く。思いがけず大変動の出来事が起こる原因とは何だろう?なぜそれは起きるのか?なぜ、大変動ではない(ゆっくりな)進化だけで済まないのだろうか?

明確な答えは、大変動の進化には二つの要因があるということだ。一つ目の要因は、必要な変化に対する抵抗だ。では、なぜ人は必要な変化に抵抗するのだろうか?

変化が必要な場合、しばしば、その変化は現状の安全性を本質的に脅かすことになるからだ。ほとんどの人にとって安全性の本質は自己一貫性に基づいている。そのため、我々は自己一貫性が刺激されると、抵抗する傾向にあるのだ。

なぜなら、変化が必要な場合、その変化はしばしば我々の現状の安全・安心を本質的に脅かすことになるからだ。ほとんどの人にとって安全・安心の本質は自己一貫性に基づいている。そのため、自己一貫性が刺激され脅かされると、我々は抵抗する傾向があるのだ。

自己一貫性の本質とは、慣れ親しんだこと、つまり既に知っているということだ。この、慣れ親しんで熟知しているということは、過去と相互に関連してくる。たとえ未来がまた現在を定義付けようと試みても、過去は我々の現在を形作り(過去の出来事の延長線上に現在があるように認識し)、定義付けし続けようとするが、その未来はやはり過去と関連しているのだ。未知のものが既知のものを刺激すると、必ずストレス状態・緊張のエネルギー状態が生じる。なぜなら、未知のものは我々の大半に真の不安感を引き起こすからだ。その結果、多くの人は不安を感じたくないため、我々は未来に反映される進化の力に抵抗する傾向がある。

ここで私が言いたいのは、もし人生に進化のきっかけを生じるためにその出来事が必要ならば、大変動の出来事は変化を強制するために起きるということだ。大変動の性質と激しさの度合いは、必要な変化に対する抵抗の度合いと正比例する。

大変動の出来事のもう一つの要因は、カルマだ。その人のカルマ的な背景がその人に求める要件だ。カルマには様々なものがあることを覚えておこう。

我々の文化では多くの場合、カルマは本来ネガティブなものだと考える傾向がある。ポジティブな物事に対して、カルマというのはどこか常にネガティブなものであると。しかし、実際にはカルマにはあらゆる種類があるということだ。例えば、幻滅と覚醒のカルマというものもあり得る。

ここでのポイントは、人生のある期間を経るうちに、自分で真実だと思っていた現実が、実は自分の幻想に基づいているかもしれないとしたら、我々は成長するために、ある時点で(自分が信じてきたものへの)幻滅と(実際の現実に気付く)覚醒に結び付いた出来事を経験しなければならないということだ。そしてこれは、(自分の思う現実と)実際の現実とのずれを調整するための、カルマ的・進化的必要要件となる。

カルマはあくまでも過去の行いの最終結果であり、全ての行いには相応の反作用があるという法則だ。もし私が今この瞬間に誰かを殺しに行けば、私自身も例えば次の瞬間、2ヶ月後、あるいは来世で殺されることになるだろう。仮に来世で殺されたとして、そのときに今世で自分が殺人を犯したことを覚えていないとしたら、来世の私や身近な人たちは私が理由もなく殺されたということに、どれだけショックを受けるか想像できるだろう。その事件は大変動のように見えるはずだ。

そこで次の疑問が湧いてくる。成長や進化を生み出し導いていくような、少なくとも人間と結び付いている現行の仕組みとは何だろう?

この疑問を考えるにあたって、当然ながら魂のことをスタート地点として考えていく必要がある。占星術における魂、少なくとも我々の(進化)占星術において、これは冥王星と関連している。我々のほとんどは、火星は冥王星の低いオクターブだと学んでいるだろう。どうしてそうなると思う?

魂を注意深く観察してみると、魂の中に魂の進化の進行と関係した力学があることに気付くだろう。この力学は、魂そのものの内部にある二つの欲求の性質に基づいている。一つは、我々を創造するもの、我々が神と呼ぶであろう存在から分離する欲求だ。そしてもう一つは、創造の源に戻ろうとする欲求である。もちろん、これらの欲求は本質的に相反するものであり、まさに反対方向に向かっている。このシンプルな力学が、心理学者たちが選択の自由、自由意志と呼んでいるものの基盤となっている。

我々が望むものは全て、少なくとも9割は、行動や、欲求に基づいた行為に変換される。「その欲望の本質こそが、カルマを決定する」のだ。実にシンプルだ。

欲求の残りが「創造の源と再統合したい」(統合的欲求)のただ一つになるまで、分離的欲求の排除が徐々に進んでいく——魂の進化は、そんな分離の欲求の排除に基づいている。これは明らかにほとんどの人にとって長い時間が掛かることだ。

私が言いたいのは、このことを火星のレベルまで解体して考えると、冥王星、つまり魂から発せられる欲求に基づいて、火星はただただ本能的に行動するということだ。火星自体は、用心・配慮・先見性のような、「あらかじめ考える」という意識を持っていない。事前の計画などないのだ。ただただ本能的な行動だ。本能とはまさに、無計画であり考えなしのこと、衝動だ。低いオクターブとは、より濃厚な周波数である。この場合、より濃厚な冥王星の周波数である。火星によって我々は、魂、つまり無意識から発せられる(まだ具現化していない)欲求を、主観や個人的なレベルで意識できるようになる。

繰り返すが、我々は皆、ふさわしいありようになろうとし続けているのだ。なろうとしているふさわしい状態というのは、立派であろうがなかろうが、シンプルに欲求に基づいて行動することを意味している。火星を介して探求する知識は、起こされた行動への反応を通じて得られるものだ。それは、熱いストーブを触ったときの赤ちゃんとよく似ている。赤ちゃんは、触るまでそれが熱いものだとは分からなかった。このように、起こした行動への反応が知識を生み出すということだ。

我々は皆、これと同じように人生を歩んでいる。我々は、欲求に基づいて行動し、その反応を通じて、自分自身や宇宙の万物についてのより発展した知識体系を、継続的・持続的に獲得するのだ。

冥王星から発せられたこれらの欲求を、火星のアーキタイプを通じて具現化・反映するとは言え、我々の出生図のどこかしらに牡羊座があるということも思い出してほしい。アセンダントはいずれかのサインにある。つまり、我々には火星や牡羊座のアーキタイプがあるということだ。そして、アセンダントのサインの支配星もある。これら全ての要因が、様々な惑星のエネルギーやアーキタイプとアスペクトを形成していることだろう。(注釈2

ここまでの説明で私が言いたいのは、全体の中で、全ての力学はこのように本能的に行動を起こすという形で、人生に直ちに作用するということだ。冥王星から発せられるコアな欲求に従って行動するということは、結果として、現在進行形で継続する個人の進化と相関する。

要するに、冥王星から火星などを経由して発せられる欲求は、しばしば、自分ではないもの全てから分離しようとする必要性と相関する。自分自身ではない全てのものから自分を切り離すことによって、自分自身の今現在の個性において、人と違ったユニークなもの全てを徐々に得ることができるようになるのだ。その傾向の強さから、ほとんどの人は、自分の今現在の個性やそれを定義付けする自己中心的な構造を、過剰に認識するようになってしまうのだ。

驚くべきことに、ほとんどの人はこのような意識の中で生きている。難解で形至上学的なことを勉強した人なら、ヴェーダーンタ思想のマーヤー、つまり分離の錯覚に出会ったことがあるだろう。(注釈3)こういった考えに触れたことがない人はどのくらいいるだろうか。数人いる?まぁ、実際にそういう考えは存在するのだ。

このことが意味するのは、多くの人は自己中心的な視点から、実際、自分が今いる宇宙や世界からかなり異なっており分離しているように感じているということだ。これは、分離の状態で生きている人々の典型だ。彼らは、自分自身と周囲の生命との相互関係を理解できないのだ。つまり、エゴ(自我)と一体化し過ぎているのだ。

この中で、エゴという言葉に慣れ親しんでいる人はどのくらいいるだろうか?それが何であるかを知っている人はどのくらいいるだろうか?ここに挙げるのは、こういった文化で飛び交う言葉のうち、ほとんどの人がその意味をよく分かっていない典型的な例を挙げよう。

特にスピリチュアルなことを勉強した多くの人は、兎にも角にも精神性や霊性を高めるにはエゴを取り除かねばならないという考えに駆られたことがあるだろう。ここにいる何人が、そういった馬鹿げた考えを聞いたことがあるだろう?いやはや、かなりの人数だ!

実は、そんなことはあり得ないのだ。エゴの本質、その実際の現象、その実際の構造を見ると、それは本質的に非物質なものだ。脳を開いてエゴを見つけるというようなことではない。脳を開いて思考やアイディアを見つけることができないようにね。それでも明らかにエゴや思考は存在する。

では、エゴとは何だろう?エゴとは、実にシンプルな、エネルギーの渦だ。圧縮されたエネルギーの渦だ。映写機のレンズと非常によく似ている。映写機の後ろにあるリールにはフィルムが、映写機の前にはスクリーンがあるだろう。だが、映写機にレンズがなければ、スクリーンにははっきりと映像が映らない。

同様に、意識の中にあるエゴは、自己像を生み出している。それは、こういった個の感覚や、分離の感覚、また個人のアイデンティティーや、意識の中にある必要な力学と相互に関連している。その力学が、今現在の自分の主体性や主観というような、明瞭な自己像を生み出しているのだ。歴代の偉大な教師たちでさえ、自我を持たなければ自分の名前を口にすることすらできない。したがって、これはエゴを取り除けばいいという問題ではなく、エゴをさらに大きな自我に一体化し直す、という問題なのだ。それは神の自我・神我と呼んでもよいだろう。いわば、蛇口を流れる水のようなものだ。

このように説明できるだろう。もし私がこの黒板に海から発生した波を描いたら、波が自ら発生するものではないということに、ほとんどの人は同意するだろう。言うまでもなく、波は海から発生していると思う人がほとんどだろう。

私が言おうとしているのは、物理法則によって、海から発生した波は、一瞬、上向きの動きや勢いを持つということだ。この上向きの動きや勢いは、波がやってきた海へ戻ることに対して自然な抵抗を生み出す。波の視点からは、主観的で自己中心的な自己認識、つまり神である海から分離しているように見える、あるいは錯覚し得る。ほとんどの自己中心的な人は、この分離に慣れていて、それと過剰に一体化している。そして、自分を創造した源に戻ること、またその源と一体化することに対して抵抗するのだ。

だが、同じ物理の法則によって、波は動き、静まり、それを生み出した海へと必ず戻っていくものだ。同様に、個としてのエゴも、エゴ自体を再調整し、エゴ自身への認識を自らの源、つまり普遍の魂と融合していくことになるのだ。普遍の魂は、究極の源でもある神から作られたものである。最終的には、我々の大半にとって、これは物理的な肉体の死のときに起きることになる。

ここで問題となるのは、進化の展開の本質を見ると、全ての人間の魂が、ある人生の節目でここに到達するということだ。これは疑いようもなく、ほとんどの人にとって長い旅路である。もし、私の意識と自己認識・アイデンティティーの感覚が海の中心に位置するとしたら、それと同時に私の意識は、分離した実体として私の実存の状態にも携われるということは明らかではないか?

そうある一方で、我々を創造したものにつながっていて、またそれによって定義付けられているのは、一体誰の意識なのだろう?つまり、(海と波を)同時に経験しているのではないか?

より深い問題は、感情の安定を重視する人たちにとって、もし自分が波の中心に位置していたら、人生という名のあらゆる潮流によってあの手この手で打ちのめされるだろうということだ。これは、明瞭だったり、混乱したり、気分がよいと感じたり、憂鬱になったりといった様々な状態を繰り返し生み出すのだ。

一方で、自分が海の中心にいたら、いかなるものも自分の邪魔をできないのではないだろうか?

私は、実際、落ち着いている。魂の中心にいる。物事の見方や、なされる解釈、またそれに基づいた反応は、私が波の中心と海の中心にいるのとでは、事実、全く異なってくる。要するに、個人の進化の本質は、結局はこのシンプルな比喩に基づいているのだ。そして、これが人生から人生へと繰り返す個人の進化の本質で、ある時点で私たちは海の中心にたどり着くのだ。

これを火星と冥王星の例に落とし込むと、冥王星がどこかのハウスやサインにあり、また火星がどこかのハウスやサインにある、となる。

繰り返すが、私が言いたいのは、これら進化の欲求は冥王星から発せられており、火星のハウスやサインの配置を通して本能的に行動に移されるということだ。つまり、自分の火星がどのハウスやサインにあるか、そしてどんなアスペクトを形成していくかに注目すると、それが今、時々刻々進化の発展の最前線につながっていることが分かる。行動のもとになる欲求はどんなタイプの欲求なのか、どんな経験を生み出しているのか、そして、そこから自分が学ぶためにどんな反応が起きているのか。

それではここで、一つの例を見てみよう。冥王星を1ハウス・乙女座としよう。火星は10ハウス・牡牛座だ。ここでは自由に飛び交う意見が欲しいな。ただ講義していることに飽きてきたよ。本当につまらない役割さ。

では、1ハウス・乙女座の冥王星に象徴される欲求の核があったら、それはどうやって、10ハウス・牡牛座の火星によって本能的に行動に移されるだろう?誰か分析できる人はいるかな?

生徒:ワーカホリック(仕事中毒)。お金に動かされる人です。

ジェフ:ごくシンプルな分析をしてみよう。皆も同じ意見だと思うが、一般的には、冥王星が1ハウスの人々は、自分には何か果たすべき特別な運命があると本能的に感じている。普通ではない、単なる平凡な仕事とは違った何かだ。そして、この特別に本能的な感覚は、彼らの魂の内部で恐ろしいほどに強烈であるとしよう。したがって、彼らの魂はこの特別な運命を見つけるために、独立した自分の時間・自由な期間を、少なくとも繰り返し必要とするのだ。

このことは、他人の要求パターンと過剰に関わってしまうという潜在意識の恐れを生み出す。(冥王星)つまり、7ハウスの冥王星対極点だ。他人の要求パターンは、自分自身の特別な運命の感覚を密かに損なうような、潜在的な遠回りや重み(冥王星)として知覚される。つまり、独立したい欲求と対人関係の間で、持って生まれた感情の葛藤が即座に発生するだろう。感情的なパラドックスだ。

ここでは、特別な運命に対するシンプルな欲求と、その欲求が本能的に10ハウス・牡牛座の火星を通じてどう現れるか、ということだけに注目してみよう。これらの欲求は、冥王星のように、人の姿をした存在という自己中心的な人格を通じて、どうやって本能的に行動に移されるのだろうか?ここで指針となるのは、10ハウス・牡牛座にある火星だ。特別な運命を実現させるところの潜在的な特徴とは、何だろう?

生徒:彼らは、社会の中で何か特別な役割を確立するために、自分自身のボスになりたいのでしょう。

ジェフ:つまり、これら本能的な欲求は、彼らに何か特別な社会的役割(10ハウス)や、社会で達成する地位やキャリアがあるような形で、火星の役割を通して現れてくるということか。いいだろう、10ハウスの火星が表明することはそれとしよう。では、牡牛座はどこで絡んでくるだろう?また冥王星が乙女座にあるという事実はどうなる?

これが意味するのは、牡牛座の火星は、生まれたときから内部に備わっている自分自身の本能的な資源(牡牛座)を、どうやって内部に認識するか学ばねばならないということだ。また、一度認識されると、今度はこれら内なる資源を基に本能的に行動できるようになり、彼らの特別な運命の感覚を反映するような特有の形式や役割を定義付け(10ハウス)も可能になるということだ。

この内なる資源を認識できるようにするには、個人は、外部に対するコミットメントや、責務、義務から、周期的に退かなければならない。10ハウスを介したこのタイプの撤退や引きこもりは、内省や憂鬱と同じである。内省や憂鬱は、意識の反転(内に向かう意識の状態)を生み出し、そこでは自分自身が持っている本能的な内なる資源に集中し、徐々に気付いていけるようになる。それによって、特別な運命の感覚を反映した社会的役割やキャリアにおける進化が、時間を掛けて起きるようになるのだ。10ハウスは、時間と空間の現象、有限と同じである。そして、最終的に乙女座の冥王星という問題へと移っていく。

乙女座冥王星の魂の構造は、自己批判的であり、過剰な自己分析や、不完全さや欠点への過剰な意識、あるべき姿ではない物事への過剰な意識になり得る。そして10ハウス・牡牛座の火星によって、自分が本能的に敬意を抱いている外部の権威(10ハウス)と自分自身を、不必要に比べてしまうだろう。この比較は、いつまで経っても準備万端だと思えない、また、本能的にはできる・なれると感じているのにそうする自信が持てないといった感情や考えを生み出しながら、劣等感を強めていくのだ。

要するに、こういった種類の魂についての自己批判や自己分析へフォーカスすることは、危機を生み出す可能性があるということだ。特別な運命や目的を具体的な形に実現化しないことから来る危機、乙女座だ。乙女座冥王星の魂には、危機を生み出そうとする強い衝動がある。この危機の一形態として、自己否定や自分を傷つけるような行動がある。なぜだと思う?

こうなる理由は、乙女座冥王星が、広い意味で、償いや完璧さのアーキタイプにフォーカスするからだ。このフォーカスは、乙女座にある冥王星、その対極点である魚座に由来する進化の必要性に基づいている。それは例えば、人格の自己中心構造を調整、再編成するため。究極の原理や価値、究極的な正誤、そして我々が神と呼ぶものとエゴを関連付けることによって、エゴがどのように定義付けられるのかを再調整するため。このような進化の必要性だ。この魂によるフォーカスは、それ自体、自意識過剰に行動するエゴに基づいた深い罪悪感を暗示している。自己中心性だ。

したがって、この自己中心性へのフォーカスから進化するために、魂は、不足や不完全性などの意識に基づいて自己中心的な自己否定や自己犠牲といった危機を生み出す。その結果生まれてくる危機は、乙女座冥王星世代の特徴である、まるで強迫観念に囚われたような真面目過ぎる自己分析を生み出す源となる。

こうして、自己分析と結び付いた危機の力学は自己認識を生み出す。我々は危機的状態に陥ると、その危機が何なのか、どうして起きているのかを解明し、どう対処するかの戦略のようなものを理解しようと試みる。その結果、ある程度の自己認識が生じないだろうか?そして、個人や集団の危機が発生すると、個人や集団のエゴを超えた「より大きな力」が働いているようにも思えないだろうか?

この、より大きな力への気付きこそが魚座であり、乙女座冥王星の進化の必要性を反映している。個人や集団のエゴがそういった力と歩調を合わせるように一体になる必要性である。また、今述べた理由により、乙女座/魚座のアーキタイプはマゾヒズムや自らを虐待することとも関連する。

マゾには二つのタイプがある。一つは宗教的マゾヒズム、もう一つのタイプは精神病理的マゾヒズムと呼ばれるものだ。どちらのタイプも、コアとなる力学は、屈辱、自己犠牲、消滅、償いであり、こういった指向の結果としてエゴの浄化を望むといった経験をする。究極的な象徴、もしくは宗教的なマゾとは、十字架上のキリストだ。精神病理的なマゾの究極の形は、性行為の極端なSMに反映されている。

これを我々の1ハウス・乙女座の冥王星や10ハウス・牡牛座の火星の事例と結び付けると、罪悪感や償いの感覚がこの人物のどこに発生しているかが分かる。危機や自己否定の経験がどこで発生し得るかが分かる。どこで、どうやって、どんな理由で、エゴの再調整の必要性が発生するのかが分かってくるだろう。

突き詰めると、社会的地位に対する魂の欲求や、それを得るための手段と結び付いた力や野心を誤用・悪用・乱用したことによる、無意識の罪悪感のパターンを生まれつき持っている人がいるといえる。今世で現れてくるこの罪悪感を償う必要があるため、その人物は、必要な自己中心の調整が行われるまで、今世の目的を達成しないように(そしてこの調整という目的を達成するために)自分自身への邪魔をするのが常だ。

生徒:ジェフ先生が説明されているイメージは、この場合、冥王星は世代的影響を持っていて時計の短針のようにゆっくり、火星は時計の長針のように速く、12の異なる位置を移動しながら進化的な衝動を表現しているということですね。でもそれは、少し一般的過ぎるのではないでしょうか?この大きな時間の流れの枠の中に生まれた全員が、こういった同じ問題を解決するために乙女座冥王星を選んできたというのは。よかったら、これについてさらに詳しくご説明いただけますか?

ジェフ:その質問に答えるなら、乙女座冥王星の人たちが罪悪感とそれを償う必要性を同時に持ち合わせていることは真実だ。しかし、この罪悪感の理由や原因は人それぞれだ。今回例に挙げたように、10ハウスの火星の場合は、特別な社会的役割や仕事への欲求を介した、野心や大望の誤用に基づいた罪悪感となる。

これが、私が言おうとしていることだ。火星の位置を確認することでそれぞれのケースを詳しく特定できる。さらに、1ハウスの冥王星と組み合わせることで、彼ら自身が薄々「自分の目的を密かに害されている」と認識している他者のニーズに応えていないことから来る罪悪感を生み出す。したがって、身近な人たちのニーズよりもキャリアや社会的地位を優先させてきた人ということになる。

そしてその先には、そう、12のハウスがある。だが一方で12のサインもある。そして、火星と冥王星の両方に発生するあらゆるアスペクトの組み合わせもある。例えば、7ハウス・魚座の金星にオポジションの1ハウス・乙女座の冥王星、また、5ハウス・射手座の木星にインコンジャンクトの10ハウス・牡牛座の火星などだ。組み合わせや可能性は多様で無限大だ。

要するに、こういったアスペクトを介したつながりがあることによって、他の力学も出てくるということだ。それは潜在的なアーキタイプに固有の性質の一因となる。乙女座に冥王星がある人だけではなく、冥王星がどのハウスやサインであろうと、皆に当てはまる話だ。

生徒:少々申し上げたいのですが、乙女座や乙女座冥王星は、劣等感だけの機能とは限らないのではないでしょうか。よりポジティブな経験として、同じ配置の人たちが乙女座を通してエーテル界のキリストという経験をもたらすことも実際にあるでしょう。(注釈4)それが火星の機能へとつながっていき、どういった分野で行動するかを彼らが選び、具現化していくとも考えられます。

ジェフ:まず第一に、私は乙女座の機能が劣等感「だけ」とは言っていない。第二に、あなたのキリストに関する理解は吟味される必要があるだろう。イエス自身、劣等感や自身よりも上位のものがあることを感じていたのは事実だ。彼が十字架刑に際して、彼自身が発した言葉を単純に思い出してほしい。「父なる神よ、(もしよろしければ)この(苦しみの)杯を私から取り除いてください」だ。(注釈5)この言葉が何を私たちに示唆するだろうか?

これらの言葉は、完璧ではない一人の男、キリスト教の修正主義(注:重大な修正を与える意見や思想)とは反対に、「父なる神」より与えられた任務を完遂する能力が決して十分にあるわけではない、と感じている一人の男を示唆している。また私は、こういう世代の人たちの大多数は、エーテル界のキリストの意識的・概念的なありようまでは体現してはいないと暗に思っている。(キリストの体現どころか、)自分自身の進化的な発展を基盤にしている人すら稀だろう。

より実用的、現実的、実践的に言わせてもらおう。未来のことを考えると、乙女座冥王星世代は今から20年後には、おそらく社会的な力を持つ立場にいるからだ。この世代の大多数にとって、このグループの人たちは、あらゆる種類のテクノロジーを適切に使い、その使い方を清らかなものにするために、重要な役割を担うだろう。彼らはまた、健康や医療の技術においても非常に大切な役割を果たすだろう。なぜなら、我々が生活を営む地球の自然は、ますます汚染されていくからだ。ウイルスや細菌の突然変異も含まれている。そのうちの三つか四つは突然変異を起こし、空気感染するものになった途端に人類の生命を脅かすようになるだろう。

事実上の意味としては、これがエーテル界のキリストかもしれない。だが、私には、大多数の人が自己中心的な段階でこのように自分自身を思い描くとは思えない。そして、数え切れないほどの乙女座冥王星の魂が、キリスト教やキリストとは何の関係もない他の文化圏に住んでいることを考慮したら、どうだろう?あなたは、先ほどの質問や発言をもう一度見直した方がいいかもしれない、そうだろう?

これを、乙女座冥王星という我々独自の例を使って別の方法で見てみると、キリストが地球上にいた時代は、それがどんな出生図であるか意見は分かれるにしろ、どの出生図になっても、彼には乙女座の冥王星があるということだ。

そして彼自身は、魚座の時代という新時代の先導をするために自分はここにいると言った。個人としてのキリストも含めて、乙女座冥王星世代の冥王星対極点が魚座であることが分かるだろう。これは単なる偶然だろうか、それとも意味のあるシンクロニシティだろうか?

あるいは、獅子座冥王星世代を見てみようか。我々は水瓶座の時代に向かっているか、もしくは既にその時代に入ったばかりだということに、どういうわけか我々の大半が同意するだろう。既に私たちの今の時代に見え始めているように、獅子座冥王星世代は徐々に社会的な力のある地位に就くようになってきた。この世代の冥王星対極点は水瓶座だ。

だからもちろん、このように世代的に当てはめて考えられる一方で、その世代に生きる個人、一人ひとりもまた存在するのだ。世代は個人で構成されている。各個人は、その世代の中で個人としての枠組みを有している。それは、個人として発展し、自分自身の進化の要求に協力したり抵抗したりするためだ。

私が言いたいのは、もし、その世代にいる一人一人が、シンプルに自分の個人的なレッスンに協力すれば、その世代は調和の取れた状態となり、地球の進化的な要求は激変的ではなく均一にゆっくり進む形で動き出すだろう。だが、ほとんどの人は、進化的な要求に対して意識的に全面的に協力しているわけではない、ということに我々の大半が同意見だろう。

自分自身の進化的な要求に対して、ほとんどの人がごくごく最小限のやり方でしか(進化に協力的に)反応しないというのが実際のところだ。毎回、ほんの少しだけしか反応しないのだ。形至上学を読むと「何百万回も輪廻転生する」という典型的な記述があるように、輪廻転生の話が悲劇的に長く感じられるのはこのためだ。これは、ほとんどの人が、一切合切変えようとするのではなく、毎回ほんの少しずつしか(進化に協力的に)反応しないからだ。

先ほどの例に戻ると、このメカニズムがどう働いているか、今の説明を通じてやっと分かってきたかな?1ハウス・乙女座の冥王星、そしてそれが10ハウス・牡牛座の火星を通して、どのように表現されているのか。このつながりが分かるだろうか?はっきりしたかな?

私が言いたいのは、この考え方はどんなチャートにも応用できるということだ。我々は皆、どこかのハウスやサインに冥王星があり、そこから世代的にも個人的にも言えることがある。そして、火星がどこかにあり、そのハウスやサイン、他の惑星とのアスペクト、そしてそれらの惑星が位置するサインやハウスがある。(そのようにチャートを読むことで、冥王星の位置の象意がどのように表現されるか知ることができる。)

これが、日々、分刻みで起こっている、私たちのそれぞれの進化の最前線である。自分の魂から発せられる進化的な欲求や要求を、火星によってどのように本能的に行動に移しているだろうか。出生時の特徴や(進化の)要求は、生涯を通して影響する。トランジットの火星の動きや、ネイタルの火星にアスペクトを形成するプログレスの惑星、他の惑星にアスペクトを形成するプログレスの火星、トランジットの冥王星の動き、そしてトランジットやプログレスで冥王星にアスペクトを形成する他の惑星といったあらゆることは、今世の「時」を経た、進化の展開や要求に関連している。このような時を経た発展は、出生図の火星と冥王星の特徴に反映された意図を背景に、言及され、理解されるのだ。


注釈1:ジェフは著書『EVOLUTIONARY ASTROLOGY (REVISED)』にて、「スーパーコンジャンクションとは5つ以上の天体が1つのサインに位置すること」(原文:Super conjunctions are five planets or more in one sign.)と述べている。1800年頃は冥王星が魚座にあり、スーパーコンジャンクションが起こりやすい状況にあった。

注釈2:アセンダントは1ハウスの始まり。1ハウスのナチュラルサインが牡羊座で、その支配星は火星であることを留意。

注釈3「火星の逆行」にて、ジェフは「火星と冥王星のつながりは、インド思想のマーヤー(分離の錯覚)の背景にあるアーキタイプである。マーヤーとは、個人的なパーソナリティーの階層においてのみ認識できる魂の主観的なエゴである」と述べている。また、ヴェーダーンタはインド哲学における学派の一つである。(Wikipediaより)

注釈4:エーテル界は、物質界よりも高次のやや霊的な階層のこと。哲学者・神秘思想家のルドルフ・シュタイナーは「1930~40年頃に、エーテル界の領域にキリストが現れるだろう」と予言した。それが「エーテル界のキリスト」と呼ばれている。シュタイナー著『エーテル界へのキリストの出現』という本も存在する。生徒の発言には、キリストは魚座と結び付きがあるとされていることも関係していると推測できる。(参考:ヌーソロジーにとっての「エーテル界のキリスト」 – cave syndrome (noos.ne.jp) )

注釈5:「ゲッセマネの祈り」「オリーブ山の祈り」と呼ばれる。共観福音書(マタイ・マルコ・ルカの3福音書)に記載されている。(Wikipediaより)


訳:ベッソンちづる(Chizuru Besson)

校正:相原あすか、Tomomi、ワン太郎

監訳:佐々木りさ

原文:The Leading Edge Of The Soul’s Evolution: The Mars and Pluto Interface | School of Evolutionary Astrology – Jeffrey Wolf Green

The School of Evolutionary Astro...
The Leading Edge Of The Soul’s Evolution: The Mars and Pluto Interface - The School of Evolutionary ... The Leading Edge Of The Soul’s Evolution: The Mars and Pluto Interface Jeffrey: This morning’s lecture is called The Nature of Personal Evolution, and it is pro...

<School of Evolutionary Astrology 『魂の進化の最前線:火星と冥王星の接点』より>

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